仙台の人口:102万6389人
平成11年に、100万都市の仲間入りをしました。
夏の暑さは多少の蒸し暑さはあるものの、それほどきびしくなく、『クーラーは必要ない!』という人も珍しくありません。冬は晴れたおだやかな日が続きますが、吹き降ろしの風はとっても冷たい!また、雪が多いと思われがちですが、太平洋側ということもあり、積雪10センチを超えるような大雪は年に3回程度です。また、すぐ天気回復するため、雪は数日で溶けてなくなってしまいます。ただし、朝の最低気温は寒い時で氷点下まで下がりますので、凍結などには注意が必要です!!

若さ全国トップ 活気あふれる仙台
仙台は平均年齢38.4歳と、堂々全国1位の若さです。若年層の割合が非常に多いようです。そういえば、若い人向けのお店がとっても多い!
でも、平均寿命は全国が男子3位、女子が2位と、年配の方が少ないというわけではないようです。
学都仙台 〜仙台は学生がとっても多い!?〜
『学都仙台』の名の通り、仙台には大学生、短大生、そして専門学校生をあわせると8万人を超える学生がおり、この数は全国にもとても多く、平均年齢が若くなるのも納得!
緑あふれる、住みやすい街 仙台
100万都市でありながら「杜の都」と呼ばれるほど、街なかは緑にあふれ、澄んだ水を蓄えた広瀬川が街中に潤いを与えています。1位京都、2位静岡につぐ堂々の3位です!
「うるおう杜」仙台。やっぱり、住むなら仙台ですね。
仙台七夕まつりは、青竹に飾られた和紙と風が織りなす夏の風物詩。吹き流しや仕掛けものなど趣向をこらした1500本をこえる竹飾りが、アーケード街にアーチを描きます。夕方からのイベント「星の宵まつり」では、華やかなステージが繰り広げられます。
http://www.sendaitanabata.com/
ケヤキ並木の定禅寺通りを中心とした仙台の街が、この日だけのステージに変わり、街中に音楽が溢れます。ジャンルはジャズやロック、スカ、ゴスペルなど様々。子供からご年配の方まで、観客はもちろん、出演者や実行委員を含めたすべての人が、一体となって音楽を楽しむイベントです。
定禅寺通りと市民広場特設ステージを中心に、仙台駅や中央通り、一番町通りなど街のあちらこちらで、伝統芸能である「仙臺・すずめ踊り」が賑やかに繰り広げられます。
仙台の冬の風物詩、光のページェント。
落葉した仙台の街路樹には、緑の葉の代わりに「光の葉(スターライトリーフ)」が芽吹き、冬の終わりを待ち望む市民の期待と、希望の象徴として仙台の街を明るく照らします。
仙台の交通網は地下鉄を中心に整備されています。それぞれの主な地下鉄駅にはバスが接続していますので、仙台市民は中心部の時間が計れないラッシュに巻き込まれず通勤・通学ができるようになっています。
├時刻表検索
├市バス情報:営業所別路線図(PDF)
├市バス情報:主な路線と料金
└
地下鉄情報:運賃と駅間所要時間
日本三大○スのひとつ仙台。仙台には美人が少ないとよく言われますが、そんなことはありません・・・(笑)。私の周りには綺麗な人もたくさんいます(笑)。最近は様々なところから移住してきており、純粋な仙台出身者以外もたくさんいるので、見渡しても分かりません!また、仙台出身の芸能人、鈴木京香や杜けやきなど美人もたくさんいますので、ご安心を。
仙台人はマイペースで、時間にルーズなところがあるそうで、これを『仙台時間』といいます。例えば、『あいつ遅いな〜』『あいつは仙台時間なんだよ(笑)』というような使い方をしたりします。しかし最近はほとんど聞きません。今では、大都市となり、そんなことは通用しなくなったのですかね?
仙台では、右のような古びた写真が飾ってあるお店がたくさんあります。この写真の人物が「仙台四郎」です。江戸末期仙台に生まれた実在の人物です。障害者で言葉はあまり話せなかったようですが、不思議な明るさと笑顔で市民に親しまれたそうです。散歩好きだった四郎さんが、ふら〜っと立ち寄って勝手に掃除をしたり、水をまいたりしたお店は商売繁盛したそうです。また、自分では飲食代は払わず、後で裕福だった実家が払ってくれるため、あちこちで歓迎され、面白がってついて歩く人も注文するので、四郎が入った店は繁盛したという話もあります。ただし、繁盛目的に誘うお店には見向きもしなかったそうです。
全国有数の米所になった仙台藩から、江戸へ運ぶ米を積んだ千石船「若宮丸」は、1793年(寛政5年)11月、石巻港を出港後、遭難、漂流してしまいます。乗組員は、津太夫ら16人。半年間も漂流した後、当時ロシア領だったアリューシャン列島の島に漂着しました。ロシア人に保護され、10年過ごした後に、広大なロシアを横断して首都ペテルブルグへ向かい、ロシア皇帝アレクサンドル1世らと面会。当時の王朝文化を体験した後、ロシアの軍艦に乗せてもらい、大西洋、太平洋を横断して1804年に長崎港に到着しました。16人中12人は病死や、ロシアに残るなどしたそうです。
遭難から11年かけて、日本人初とされる世界一周を成し遂げた(結果的にですが・・)といわれています。
今や全国版メニューになった冷やし中華は、仙台が発祥。昭和12年、「北京料理 龍亭」(青葉区錦町)に登場し、戦後に現在の形になり、昭和35年に仙台の大久製麺工業が家庭用パックを発売して全国に広まったそうです。
ちなみに冷麺は盛岡が発祥。冷やしラーメンは山形が本場。
伊達政宗が築いた仙台城。そこには・・うっそうと木々が茂っている光景ばかり。『何にもないじゃんっ!』なんて言わないで下さい(笑)。青葉城では、まず石垣や城壁を楽しむんです。もともと、徳川家康に対する政治的配慮などから天守閣はありませんでした。代わりに本丸には、京都の聚楽第を模した「千畳敷」と呼ばれる壮麗な大広間があり、周囲には能舞台や城下を見下ろす展望台など多くの建物があったそうです。その本丸も今はありません。姿を消したのは、戊辰戦争の時、陸軍が取り壊してしまったらしいです。
ですが、少し奥の伊達政宗像がある場所から見える景色は本当に最高です!政宗像と絶景。仙台のすべてを分かってしまうような、そんな気分になってしまいます。仙台駅から車で15分程度です。ぜひ一度足を運んでみてください。